人生リセットボタン

2/17
前へ
/20ページ
次へ
真っ暗な空の下、冷たい空気に触れる身体。僕の服がやや強い風に吹かれ、パタパタと音を立てる。 僕は今、ネオンで飾られた世界を見下ろしている。自動車が行き交う交差点、高層ビルが建ち並び、眩しい程に光を放つ街並み。それらをくすんだ焦げ茶色の瞳に映す。 「……はぁ」 重い溜め息を吐き出して、フェンスの無い屋上の縁に立つ。風が僕の行為を後押しするかのように、音を鳴らす。 こんな人生を歩むつもりはなかったのに、どれほど努力しても僕の立場は変わらない。だから、なにも考えられなくなるように、苦しまなくて済むように、現実から背を向けた結果が今に至る。 「……もういいかな」 遺書は部屋に遺した。明日の朝には、ニュースで報道されるだろう。生きていく事に疲れた哀れな僕の事を。 僕は眼を閉じて、身を投げ出した。痛い程、冷たい風が耳元で騒ぐ。 僕の人生はなんだったんだろう。こんな辛い思いをする為に産まれてきた存在なら、この世界とお別れした方が断然マシだ。 視界を閉ざした為、地面との距離が掴めない。下に落ちる時間が長く感じられた。叩き付けられたら、痛いだろうなぁとか考えたら、なんだかおかしく思えた。 「っ……ごめんなさい」 僕は母さんに呟いた。苦労して、ここまで育ててくれた母さん。まだ親孝行もしていない。そんな僕の声は誰にも届かない。 「……さよなら」 僕の身体はそのまま下に叩き付けられた。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加