氷鬼とビビリ

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ある田舎の、草木が生い茂る山奥に、その小説家は住んでいた。 近隣住民達は、そこに住んでいる男のことを、氷のように冷たい目と態度から、”氷鬼”と呼んで忌み嫌っていた。 「うわあ…大きなお屋敷だ…うっ、ドキドキして来た…」 目の前に立ちはだかる大きな武家屋敷に、相模は目も口も開きっぱなしで、そのうち心底具合の悪そうな顔をして口に手を当てた。緊張のし過ぎで色々出そうだった。 社内で噂になっている怖い先生と聞いていたせいで、相模はまるで心霊スポットにでも訪れたかのように、ビクビクと震えながら屋敷にキョロキョロと視線を彷徨わせていた。端から見たら挙動不審である。 彼の名は、相模幸裕。 任された仕事は期待以上の成果を上げてこなす、笑顔の絶えない編集部の一人だ。 しかし、人一倍のビビリだった。それも、他とは比べ物にならないほどに。 だから相模は今、本当は物凄く帰りたかった。 それでも、これは仕事だ。いくら何でも怖いから嫌ですなんて子供じみたことは口に出来るはずもなく、相模は半分泣きそうだった。 それに、渡された仕事を途中で投げるのは、相模が一番許せない行為だった。 今日から彼の仕事は、怖い小説家の世話なのだ。
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