最果ての音色が導いて

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それは、刹那の出来事だった。ただ、とにかく静かな夜明けだった。 一週間前の夜。 彼女のベッドの上に寄り添って腰掛け、彼は部屋の窓から厚い雲に霞んでいる月を見ていた。弱くなった目では白くぼやけた光はわからないと彼女は言った。 あの月は稀薄で、無くした思い出の面影のようだった。 それはただ、とにかく静かな夜明けだった。デラは目を覚まさなかった。 人間が死ぬということは先人たちがこしらえた訓話のように思っていたのに、あの朝、初めて、彼の中で現実の色が付いた。 彼はまばゆい容姿をしていた。 瞳の青は淡く、やわらかい巻き毛は白銀色。 美しい彼は、微笑む仕草も美しく、笑う声も美しかった。 デラとの出会いは行きずりだった。すれ違いざまに会釈を交わして、離れていくような者同士。彼はいつも探し物をして歩き回っていたし、彼女は田舎の一軒家で暮らす孤独な老人。 そんな二人が一緒にいるようになったのは、彼女が彼のことを、「天使のような人」と称したからだ。
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