ハッシュヴァルト氏の災難

4/9
前へ
/9ページ
次へ
「珈琲、お注ぎしましょうか。」 頭上から声が落ちてくる。 いつの間にか隣に立っていたマスターが老紳士に問い掛けたが、彼の視線は新聞に向けられたままだ。不思議に思ったマスターも釣られて新聞へと目を向ける。 見出しにはこうあった。 『粋な泥棒 星の雨を盗む』 それは昨晩起きた事件の記事であり、何ら疑う事のないものだった。 視線を戻し、珈琲を注ぐためカップへと手を伸ばしたが、その時誰に言うでもなく老紳士が徐に口を開いた。 「……違う、星の雨を盗んだのはこの私だ。」 とてもか細い声だったが、この静かな店内にはそれはそれはよく響いた。その場にいた客の冷たい視線は、例外なく老紳士に突き刺さった。  
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加