3

5/5
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/20ページ
ミチルは、もう居ない。 伸ばした手は空を切り、掴んだものは闇の中の静寂と、記憶の中の彼女の残滓だけだ。 猛烈な虚無感が膝の力を奪い、冷たい床にへたり込む。 後から後からじわりじわりと湧き上がる胸の痛みが、この理不尽な現実を受け入れたくないと必死に抗っている。 「ミチ、ル…」 名前を呼んでも返事が返ってくる筈もなく、零れ落ちた涙が床に染みを作るのを、某然と眺めていた。 「ミチル…!」 それでも尚…それでも尚、俺はミチルの名を呼ぶ。ミチルを求めて暗闇に手を伸ばす。 「ミチル、ミチル、ミチルッ…ミチル!!!」 消えてしまった彼女に伝わらないこの声は、何のために存在しているか…救えなかったこの手は、何のために在るというのか。 それをただ、知りたくて。 「ミチ、ル…ぅ…」 その答えさえ見付ける事はできなくて、俺は耐えきれず床に額を押し付けた。 と、その時。 「キョウスケくん!」 けたたましい音を立てて開かれた扉の向こうから、事故の折にミチルの側に居たという彼女の友人がやってくる。 「なん、だよ…?」 この虚しさを埋める何かが欲しくて、俺は単純な感情をそこに置いた。 怒り、だ。 何故近くにいたのにミチルを助けなかっただとか、そんな的外れな怒りだ。 だが、彼女は鋭く睨む俺に反応もせず、強引に手を取って俺を引っ張る。 「何なんだ、お前!」 「いいから、きて!」 訳も話さず、ただ手を引く彼女に怒りは困惑へと変わり、気付けばなすがまま…院内への扉をくぐって階段を駆け下りる事になるのであった。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!