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ミチルは、もう居ない。
伸ばした手は空を切り、掴んだものは闇の中の静寂と、記憶の中の彼女の残滓だけだ。
猛烈な虚無感が膝の力を奪い、冷たい床にへたり込む。
後から後からじわりじわりと湧き上がる胸の痛みが、この理不尽な現実を受け入れたくないと必死に抗っている。
「ミチ、ル…」
名前を呼んでも返事が返ってくる筈もなく、零れ落ちた涙が床に染みを作るのを、某然と眺めていた。
「ミチル…!」
それでも尚…それでも尚、俺はミチルの名を呼ぶ。ミチルを求めて暗闇に手を伸ばす。
「ミチル、ミチル、ミチルッ…ミチル!!!」
消えてしまった彼女に伝わらないこの声は、何のために存在しているか…救えなかったこの手は、何のために在るというのか。
それをただ、知りたくて。
「ミチ、ル…ぅ…」
その答えさえ見付ける事はできなくて、俺は耐えきれず床に額を押し付けた。
と、その時。
「キョウスケくん!」
けたたましい音を立てて開かれた扉の向こうから、事故の折にミチルの側に居たという彼女の友人がやってくる。
「なん、だよ…?」
この虚しさを埋める何かが欲しくて、俺は単純な感情をそこに置いた。
怒り、だ。
何故近くにいたのにミチルを助けなかっただとか、そんな的外れな怒りだ。
だが、彼女は鋭く睨む俺に反応もせず、強引に手を取って俺を引っ張る。
「何なんだ、お前!」
「いいから、きて!」
訳も話さず、ただ手を引く彼女に怒りは困惑へと変わり、気付けばなすがまま…院内への扉をくぐって階段を駆け下りる事になるのであった。
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