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「と、とにかく行こうよ! こうしてたって何も変わらないんだから!」
「へ?」
キュー太の慌てた声と同時、彼は私の手を引いて強引に飛び上がる。
「わっ」
天井が目の前に迫って思わず目を閉じたけれど、痛みはやってこない。 …まぁ死んでるから痛みなんて無いんだろうけど。 ……味覚はあったな、何故か。
恐る恐る目を開けてみれば、ぶつかるどころかするりするりと次々に階を通過し、いかがわしい本をめくってニヤける青年の病室をすり抜け、個室でブレイクダンスするお爺さんのベッドから顔を出し───
気付けば、屋上に辿り着いていて、キュー太の姿はどこにも見当たらなくなって。
そして、
「なんでだよ、バカヤロウ…」
あんなにぶっきらぼうで、感情の起伏を見せなかったキョウスケの、弱々しい呟きを耳で捉え、震える背中をこの両目で捉えた。
泣いて、る…?
「俺は、まだ…お前に言いたい事も、してやりたい事も、して欲しい事だっていっぱいあるんだぞ…ミチル…!」
彼は、そう…屋上の手摺を固く握り締め、頬に伝う涙を拭う事さえしないまま、月の浮かぶ夜空に向かって、
「───助けてくれ。 ミチルを、助けてやってくれ…!」
届くはずのない願いを、宛先も分からないまま、ただただ口にしていたのだ。
「キョウ…スケ…ッ」
爆発的に溢れ出した想いが喉を突き、彼を呼ぶ声を震わせる。
が、彼と同じくいくら呼んだとしても、今の私の声なんて届くはずもな───
「ミチ、ル…?」
ハッとした様に振り返ったキョウスケに、私は驚いて思わず一歩下がってしまう。
信じられない。
彼は今、確実に私と目線を合わせ、月明かりの下に浮かぶその姿を一歩、私に近付けたのだ。
「なん、で……ミチルは…あれ…? ドッキリ、だったのか…?」
上手く思考が定まらないまま、次々に言葉を口にしているようで、しかしその顔には普段見せない様な微笑が浮かんでいて、
「とにかく……良かった…ッ!」
彼が最後の数歩を一気に進めたかと思えば、この体を彼の長い両腕が包み込む。
私は彼の硬い胸板の中で、驚愕をまばたきに変えた。
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