第1章

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入ってきた男はくたびれたスーツで、男自身もくたびれた感じだった。 オドオドと周りを見て、外を一度眺めた。 「ドアを閉めて下さい」 僕が言うと、男は驚いたようにドアを閉める。 「あ、あの……」 「どうぞ腰掛けて。楽になさって下さい」 僕が椅子を勧めると、男は息を呑んでから椅子に座った。 「あの……」 「こんばんは、初めまして。占い師の龍です」 僕は自己紹介とともに、名刺を渡す。 男が灰皿をチラリと見たので、僕は何気ない動作で灰皿を下に置いた。 テーブルの下から男の足元を覗くと、汚いすり減った靴が見えた。 「営業職かな?金は持って無さそうだ。妻子が居るにしても、奥さんからは見放されてるか」 スーツと靴からだいたいの予想を付けた。 奥さんがいたとして、男に関心があるなら、くたびれたスーツや汚い靴は身に付けさせないだろう。 こんな時間まで働いて帰っても、夕飯の仕度もしてないんだろうなと、僕は想像した。 「僕はタロットカードで占いをしますが、初めに名前と生年月日を聞くようにしています。教えて頂けますか」 顔に笑顔を貼り付けながら、占いの基本を口にする。 悩み事の前に情報を集める。 「生年月日は……昭和45年……」 名前の前に生年月日を言った。 “2つの質問のうちの最後の質問から答え出すなら、 その人物は自分に自信がない現れだ。” ブースを構えてから占いについて色々教えてくれた古参の占い師の言葉をなぞる。 店に入ってきた挙動と、この質問で、自分に自信が持てない性格だと、確定した。 「5分で終わるな」 相談料30分で6000円が、“5分”で6000円。 長々とこのくたびれた男と話す気は無かった。 「名前は……鈴木……」 男の頭の辺りからオレンジ色がゆっくり降りてきた。 「鈴木……敦、です」 降りてきた色が赤に変わる。 「鈴木さん……」 「はい」 男が目を伏せる。 「ダメですよ。嘘は」 「!……」 男が驚いて顔を上げる。 「占いと言っても、偽名を使われてしまうと、正確な占いは出来ません。下の名前、偽名ですね?」 男は目を大きく見開き、口をパクパクと動かした。 「本当の名前をお願いします」 僕は、人の吐く嘘に、“色”が付いて見える。 メガネを外して、ケースから布を取り出して、曇りを拭った。 「す、すみません」 男は、鈴木雄二ですと言い直した。
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