声を、私に聴かせて

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母はお守りとか占いなどの、いわゆるスピリチュアルな物が好きだった。 私は何度も、高い壺を買わされないかと心配したものだ。 「秋ちゃん、入院する時ね、『怖い』って言ってた」 その言葉を聞いて、私は家を出る時のことを思いだした。 恋人が出来た私に遠慮したのか、一人暮らしを勧めた母は、私が家を出る最後の時に言った言葉が『怖い』だった。 寂しいではなく、怖い── 叔母が帰ったあとの、静寂に包まれた家。 母の遺影と位牌を眺めながら、私は寝室の戸棚を見た。 大量のカセットテープが積まれている。 母は歌が好きだった。家事の時に、良く鼻歌を歌っていた。 このテープは、母が自分の歌を録音したものだ。 いつも騒がしく、東北訛りが抜けない母だった。 常に鼻歌を〈ふんふんふ~ふ~♪〉と歌っていて、それが嫌だった。 母は眠る間際まで、歌のテープを聴いていた。まるで静寂を嫌うように。 「カラオケに一緒に行けば良かったかな」 母の居ない部屋で、ぽつりとつぶやいた。 カセットデッキにテープが入っていた。 再生ボタンを押してみるが、テープは無音だった。 その静寂の音で、ふいに目頭が熱くなった。
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