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「本当に、御園さんは仕事熱心だねえ」
「まったくですよ。部下に見習わせなくちゃ」
「そんな、恐縮です」
にこやかに褒めるクライアント、謙遜する担当者。
この場の空気がおかしいと、そう思っているのは俺だけなんだろうか。
御園さんは手元のデザインに目を落とし、ほうっと息を吐いた。
「本当に、素敵なのに……」
そう言って、そっとスタッフが集まる方へとその紙をかざす。
まるで、羽村たちが作り上げた世界を覆い隠すように。
その仕草にまた背筋を冷たいものが通り抜けていく。
反射的に俺は御園さんの手元、掲げられたデザインへと手を伸ばし、それを奪い取っていた。
「っ、何ですか?」
驚いた顔をした御園さんが俺を見る。
俺がそんなことをするなんて予想していなかっただろうし、当然だと思う。
でも、俺の視界は開けた。
俺と羽村の世界を遮るものがなくなった。
幕が開いたように、視界がクリアになった。
あいつのために、あいつが作り上げた世界のために、そして何よりこの場にいるスタッフたちのために。
ここで、俺が取るべき行動は。
「……ああ、失礼しました。撮影の様子がよく見えなかったもので」
少しだけ困ったように眉を下げ、柔らかい笑みを浮かべる。
構えていた様子の御園さんは、警戒を解いて首を傾げた。
「あら……そうでした?」
「ええ。せっかくクライアント様に来ていただいてるんですし、ちゃんとお見せしたいんですよ。現場を」
言いながら、彼女から奪い取ったデザイン紙をさりげなく折り畳んで見えないようにした。
こんなものは今、この場に必要ないのだから。
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