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「どうぞ、もう少し近くでご覧になられてはいかがですか? 今ならセット内を見回っていただくこともできますし」
「ああ、ありがとうございます」
「せっかくだし、そうしましょうか」
「では、こちらへどうぞ」
うんうん、と頷いてくれた彼らを先導し、スタジオの中心へ。
クライアント側はこういう現場に普段あまり接することもないはずだ、という狙い通り、彼らは興味深そうにあちこちを眺めている。
羽村がそれに気付き、俺とアイコンタクトを取ると、そっと彼らに声をかけた。
「いかがですか? 写真とはまた違う印象を受けられるかもしれませんが」
「ああ、近寄ってみるとまた違った感じがしますね」
「そうですね。でも、あまり映らない部分にも工夫があるんですねえ」
「そうなんです。小物一つひとつにも、結構気合い入れて選んでるんですよ」
場の責任者である羽村の登場に、クライアントも頬を緩めて質問をしている。
会話の雰囲気や彼女の能力があれば、上手く話を運べるだろう。
そう判断した俺は、少し遠巻きにその様子を眺めることにした。
御園さんが支配する空気からクライアントを引き剥がし、いまのデザインだけを見てもらう。
その目的は達成したのだから、俺が出しゃばる必要はない。
ふう、と息を吐いたのと同時。
ふと、後ろから引っぱられるような感覚が起きた。
反射的に振り返ると、俺の服の裾を申し訳なさそうにつまんでいたのは御園さんだった。
俺が何か言うよりも早く、彼女は首を傾げて口を開いた。
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