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「……どうしてでしょうね? 心の中では叫びたいほど想っていても、口には決して出すことができないのは」
「……何かが、邪魔をするんでしょうね」
何気なく答えた俺の言葉に、彼は足を止める。
数歩先に進んでから振り返ると、彼は俺をじっと見ていた。
「何か、ですか?」
彼の疑問に対する完璧な答えを、俺は持っていない。
だからそっと、頷くだけだ。
「ええ。何か、です」
濁したわけでも、隠したわけでもなかった。
『何か』の正体は掴めない。
でもその『何か』は確実に存在する。
俺が感じる『何か』と園田さんの感じている『何か』は、別物かもしれないが。
そんな俺の本音を、彼はどう受け取ったんだろう。
「……ああ。きっと、そうですね」
穏やかに、軽く微笑んだ園田さんは、「よっと」と小さく声をあげ、小久保さんを担ぎ直す。
支えが動いたからか、「んー」なんて声を漏らす彼女を、仕方ないなあ、といった様子で眺める彼は、とても優しい眼差しをしていた。
ふと、彼の話はもしかすると……彼にすべてを預けきっているかのような、この素直で朗らかな女性に対するものなのかもしれない、と思った。
が、それを追求するのは無粋なことに思えて、俺は何も言わなかった。
この先いつか、園田さんとこの夜の話をすることもあるかもしれない。
その『いつか』のために、胸に留めておくことにした。
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