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紫陽花が鮮やかだった。
安物のビニール傘は、その光景をまざまざと私に見せつける。
ビニールの内側から見える光景は、どこか現実味がなくて、なのになのに……現実を強烈に私に浴びせていた。
「な、んで……」
霞んだ小雨の風景に、鮮やかに映える青と薄ピンクの傘が並んでいる。
紫陽花のように鮮やかに。
当たり前のように並んで。
「っ、ぅ」
言葉は出てこない。詰まった音が口から排出されただけ。
気づかれないように、静かに後退りした。
『見たくない』
心が悲鳴をあげる。
『見たくない』
言葉に出ない悲鳴は、私の中で何度も何度も繰り返された。
『見たくない。……私は、大丈夫』
幾度目かの悲鳴の後、私は私に魔法の言葉を紡がせた。
『私は大丈夫』
『気にしない』
そう、何度も何度も繰り返した。
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