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そんなことを考えていたら、自然と足は彼に元へと進んでいた。 俺の足音を察したのか、ゆっくりと彼は体を起こし、俺を見上げた。 「……なにしに、来たの?」 虚ろな目で、歩はそう言った。 「俺を殴りに来た? それとも慰めに来た…?」 きっと抵抗をしたのだろう、体は震えているし、俺が優しい人間だったなら情を与えるべき場面なのだろう だけど、ダメだ 真っ黒なんだ…どうしようもないほど。 「そりゃ股のゆるい恋人を躾け直しに」 何で自分以外を受け入れた? 俺以外のつけた印を見て、優しくしてやる気なんかない。 あぁそうだ。身勝手だと分かっていても、いっそ菊池というα以外に犯されるくらいなら舌を噛んで死んでほしかった。 「無理やりでも感じるようになったもんな。お前」 殴って殴ってぐちゃぐちゃになった顔で、泣かせてやりたい。 避妊なんかせずに容赦なく突っ込んでやろうか… 「……そう躾けたのは、誰だよ…」 強がった口調は自虐のつもりだろうか 「それは俺だけど…。まぁ、こんなことで君を手放したりしないから安心していいよ」 例え変態でも、と吐き捨てた瞬間、 彼の自尊心を酷く傷つけた。 「———っ、どっか行けよ!お前のせいでっ、お前のせいでこんな目に遭ってるっていうのにっ!」 ボロボロと涙があふれている。 歩の酷く傷ついた顔なんて、もう何度も見た表情だ。 今更、くれてやる情も容赦なんかもない。 「そんな口、俺に聞いていいと思ってんの?」 「ひっ…!」 俺の怒りに気付いて身を守る彼と、拳を握りしめたまま振りあがる自分の腕。 そして、 耳元で歩が、か細く言ったのが聞こえる。 「なんで…?」 確かに、俺はいつものように感情のまま暴言を吐いて彼を殴ったつもりだった。 「……歩っ」 目を見開いたのは歩だけじゃない。 気がつけば彼の体を抱きしめていた自分自身と、 「ーーーごめんな」 来るのが遅くてごめん。 巻き込んでごめん。 ぜんぜん、優しい言葉がでなくて、ごめん。 怖がらせてしまって ごめん…… 自然と出てくる謝罪の嵐。 胸に響くのは、罪悪感。それと、 「……此処にいてくれて、よかった」 此処じゃなきゃ、もしかしなくてもまだ探していた。このまま不安という感情に圧し殺されるかと思った。 でもそれ以上にーーー、 「怖かったよな……」 「……っ、…!」 「よく、我慢してくれた…っ」 耐えてなかったら必要以上に暴力を振るわれていたかもしれない。 もしかすると違う場所に連れていかれたかもしれないーーー… 固まったままの歩と頬をあわせた瞬間、 彼は聞いたことのない大声で泣いたーーーー 怖かった つらかった 全然、気持ち良くなかった お前のせいだ なんでもっと早くこなかったんだよ! 震えた声で ただ訴えて泣き叫ぶ 罵声も苦しみも全部 全部、受け入れるーーー。 やっと触れることができた僅かな熱と声だけが、 彼がちゃんと自分の腕の中にある、確かな安堵を与えてくれた。
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