最低

6/6
181人が本棚に入れています
本棚に追加
/63ページ
雅之side * * * * もう一度シャワーを浴びて布団も綺麗にしたというのに、歩の匂いが溢れたこの部屋がとても落ち着く。 「歩……一緒にいてよ」 今度は背中越しじゃなくて向かい合った状態で、ぎゅっと苦しくない程度に抱きしめる。 息も、匂いも、体温も、安心感も なにもかも、君がいるからここにある。 「………やだ」 分かっていたけど、その一言に心臓が跳ねた。 「って言えば、君は俺を殴るんだろ?」 あぁ、そうだ。 痛みで支配した。 痛みで抵抗する手段を奪った。 「………殴らない」 「嘘つき」 「本当だって…俺は……」 いつか君に運命が見つかった時に、 俺が傷になればいいと思っていた。 そんなに欲しいなら噛めばいい、と本能が訴えてくるけど… 違う。そうじゃないんだ… 「歩にだけは、幸せになってほしい」 「…なにを言うかと思えば…」 呆れられて当然だ。 けど、妄想がたくさん溢れてくる。 「君は…一軒家でも買って笑顔溢れる幸せな家庭を持つんだろうね」 「………は?」 突然何を言い出すんだ?とキョトンとしてるけど俺はやめない。 「犬と猫も飼って、家族揃って記念日を祝う。ケーキの飾りはいつも子供たちが取り合いしてて、君はそんな喧嘩を止めてる」 「……そうだね。旦那さんはお前とは真逆の性格でいつも俺の尻に叱れる」 それを聞いて、ははっと笑ってしまった。 あぁでも、それもアリだろう 「歩は案外強気だから、そんな旦那さんも見つかるかもね。あ、でも休日のごろ寝とかは許してあげて」 「……大きなお世話だ。で、お前はどうなんだよ?」 俺は、と考えてみたけど… 「うーん……分かんない。想像できない」 「…あぁ、そ…」 やっと気づいた。 本当は、どうするべきだったのか   「……柄じゃないよな」 「ーーー?」 こんなに甘えて 傷だらけにして 今さら虫のいい話だけど 後悔はしないように… 「田中歩くん…君が好きだ。俺と付き合ってください」 最初から、この言葉だけで 良かったんだ。   ポカンと口を開けている彼の頬にキスをして 涙ながらに笑いかける。 「歩が……好きだから…っ、 もう来なくていいよ……」 手放して、 これで最後だ。
/63ページ

最初のコメントを投稿しよう!