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雅之side
* * * *
もう一度シャワーを浴びて布団も綺麗にしたというのに、歩の匂いが溢れたこの部屋がとても落ち着く。
「歩……一緒にいてよ」
今度は背中越しじゃなくて向かい合った状態で、ぎゅっと苦しくない程度に抱きしめる。
息も、匂いも、体温も、安心感も
なにもかも、君がいるからここにある。
「………やだ」
分かっていたけど、その一言に心臓が跳ねた。
「って言えば、君は俺を殴るんだろ?」
あぁ、そうだ。
痛みで支配した。
痛みで抵抗する手段を奪った。
「………殴らない」
「嘘つき」
「本当だって…俺は……」
いつか君に運命が見つかった時に、
俺が傷になればいいと思っていた。
そんなに欲しいなら噛めばいい、と本能が訴えてくるけど…
違う。そうじゃないんだ…
「歩にだけは、幸せになってほしい」
「…なにを言うかと思えば…」
呆れられて当然だ。
けど、妄想がたくさん溢れてくる。
「君は…一軒家でも買って笑顔溢れる幸せな家庭を持つんだろうね」
「………は?」
突然何を言い出すんだ?とキョトンとしてるけど俺はやめない。
「犬と猫も飼って、家族揃って記念日を祝う。ケーキの飾りはいつも子供たちが取り合いしてて、君はそんな喧嘩を止めてる」
「……そうだね。旦那さんはお前とは真逆の性格でいつも俺の尻に叱れる」
それを聞いて、ははっと笑ってしまった。
あぁでも、それもアリだろう
「歩は案外強気だから、そんな旦那さんも見つかるかもね。あ、でも休日のごろ寝とかは許してあげて」
「……大きなお世話だ。で、お前はどうなんだよ?」
俺は、と考えてみたけど…
「うーん……分かんない。想像できない」
「…あぁ、そ…」
やっと気づいた。
本当は、どうするべきだったのか
「……柄じゃないよな」
「ーーー?」
こんなに甘えて 傷だらけにして
今さら虫のいい話だけど
後悔はしないように…
「田中歩くん…君が好きだ。俺と付き合ってください」
最初から、この言葉だけで 良かったんだ。
ポカンと口を開けている彼の頬にキスをして
涙ながらに笑いかける。
「歩が……好きだから…っ、
もう来なくていいよ……」
手放して、
これで最後だ。
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