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バサバサ、という音が、背後でなった。
振り返ると、別室にいたはずの奏さんが口を半開きにしたまま固まっている。
その手から落ちたのか、床に楽譜が散乱していた。
「あらあら、まあ。奏さん、ヌードモデル?」
奏さんの後ろから、赤ん坊を抱いたユリアさんが顔を出した。
その奥には笑いを押し殺したような樫本さんの姿も。
固まったままの奏さんの横をすり抜けて、床に散らかった楽譜を拾い集めはじめた。
「官能もひとつの芸術だよ、君」
満足したような得意げな顔で、紳士が笑った。
嵌められた、と気が付いた時には、もう手遅れだった。
恐る恐るこちらを窺うような奏さんの視線が居たたまれない。
手を繋ぐだけでも顔を赤らめるような純情な人なのに……!
――『はじめて……なので』――
気持ちを確かめ合ったあの日、彼女が告げた言葉が、生々しく脳内で再生される。
何かがこみ上げるように身体に震えが走ったのを、誰にも気付かれないようにするだけでいっぱいいっぱいだった。
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