第1章

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 静かな朝が街を包み、しかし不躾な陽光が顔を出す。  拭い去ることなど出来はしない戦いの爪痕が刻み込まれた世界は、纏った宵闇の衣をはぎ取られ、その無惨な姿を衆目へと晒す。 「…、嫌な夢、見た気がする……」  引かれたカーテンを境界に、静寂と静止の司る夜が、喧噪と躍動の司る朝へとすり替わっていく。  静まり返った室内からは、何も聞こえはしない。聞こえてくるのはただ、窓の外にたたずむ小さな鳥たちの語らいだけだ。 「気持ち悪…、戻しそうだ……」  しかしそれを突き崩すように、大音声が鳴り響く。けたたましい時告げ鳥の一声のよりも騒々しく、室内の静謐な空気をつんざく電子音は一切の猶予を与えることはない。 「起きなきゃ……」  もぞもぞとベッドの中で寝返りを打つ少年が、ため息を吐き出すように呟いた。  目が覚めてよかったと、少年は寝ぼけてピントのずれた頭でぼんやりと考えていた。不明確な不足感が、少年の脳裏にうっすらと焼き付けられている。いったい自分が何を恐れているのか、彼にはそれが分からなかった。 「今日の教練は、ケースCだっけ」  突き落とされるように目を覚ましたまま、彼はしばらくベッドの上から動けずにいた。何の夢を見たかは、覚えていない。ただ何か、胸の悪くなるようなどす黒い感覚だけが肚の下あたりに曖昧に居座っている。  それでも、もう少し目が覚めずに、あの夢の中にいたかったと思う自分もいることに、少年は少しだけ驚いた。いったいなぜそう思ったのかは分からないが、ふとそう浮かんだのだ。記憶にすら残らない夢を懐かしむのは、何故だろうか。  クローゼットにずらりと並んだ同じ制服の中から一着を取り出して、寝間着を脱いで腕を通す。いつもと同じ格好、いつもと同じ朝、いつもと同じ一日。それとは異なる日常を望むような心境に、少年はこそばゆさを覚えた。 「あっ、朝一でミーティングだっけ。朝飯食いながらじゃ、ダメかなぁ……」  夢とは、記憶の整理整頓だという話がある。どのような夢であっても、それはその人間の深層から湧き出たもので、その仕舞い込んだ本質や刻み込まれた記憶を整頓するための手段であると。  無作為に選択し想起した記憶の断片をミキサーに詰め込んで、スイッチを押した結果が夢なのだ。その素材の中には、二度と見たくないと思うものも含まれるし、見たいものを都合良く含むということもない。
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