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自分の店を持つ。
そう決意した私にはまず第一にすることがあった。
それは、大学院の事務の三月末で切れる契約を更新をしない旨を事務長に伝えること。
夏月の家に転がり込んだ次の日の朝、事務長に言うと、「そっか、仕事もしっかりしてくれてたけどもったいないね」って言ってくれたけど、それで終わり。
正直私の代えはいくらでもいるのだ。
だから、呆気なくというか、あっさり私の退職が決まった。
それから仕事終わり、『若葉』に向かった。
問題はこっちだった。
急に辞めたいと言い出した私にけんちゃんたちはどう反応するのか。
それがドギマギと心臓をざわつかせて、行きの電車の中でそわそわしてしまった。
「私、自分のお店を出すことにしました」
バイトに入る前にけんちゃんと奈津子さんに「話がある」と控室に来てもらった。
大学院には家庭の事情として、一身上の都合とだけしか言わなかったけど、『若葉』の人たちにはちゃんと事情を説明したかった。
きっかけというか、私が接客業を楽しいって思えたのは『若葉』があったからだ。
一通り、説明し終えていざ辞めさせてもらいたいと言う時、言葉が喉に閊えた。
だって、バイトとはいえ急に辞めるのは迷惑をかけてしまうし、私はお世話になった分だけまだ何も返せていないのに自分の都合で去っていくのだ。
でも、これからはお姉ちゃんの店をメインに手伝っていって、仕事の流れを叩きこんでもらう予定だから長々と続けることはできない。
第一、店をやるにあたって私がやることは山積みだ。
中途半端なまま『若葉』に来ても、きっと自分が作り出す店も中途半端なものになりそうで。
何の前触れもなくいきなり辞めるという形になってしまった。
「だから、その……」
「わかった」
私が最後の言葉に口篭もっていると、けんちゃんが静かに言った。
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