ジェミニの恋

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「雨降ってきたよ」 私が帰る準備をして控室から出てきたところで、奈津子さんが心配そうな顔でそう言った。 「彩夏ちゃん、傘は?」 「あります。折りたたみが」 「でも、結構風強くて大ぶりになってきたから濡れちゃうかも。これ、持って帰ってもらおうと思ったんだけど」 奈津子さんは「余りもので悪いんだけど、パンなの」と茶色の紙袋を私の前に出した。 「いいです。悪い……」 「いいのいいの。こんなものしか用意できなかったから。でも、雨なのに邪魔かなぁ」 辞める私がもらうのを恐縮していると、逆に奈津子さんがしょんぼりと肩を落とし始めるから慌ててしまう。 「いいえ、邪魔じゃないです!じゃあ……有難くいただきます」 私が紙袋を掴むと奈津子さんはとても嬉しそうに大きな瞳を細めた。 「またここにも寄ってね!あ、私、お店できたら絶対行くから!」 「ありがとうございます」 接客は奈津子さんから教わった。 初めてのバイトで四苦八苦する私を優しく指導してくれて。 憧れの人だ。 店をするならこういう店主になりたい。 この人と出会えてよかったと思う。 「送る」 いつのまにか私服に着替えたけんちゃんが奥から出てきて私の隣に立った。 手の中には車のキーが握られている。 私はもちろん固辞したんだけど、奈津子さんが「雨に濡れて風邪でも引いたら大変」とけんちゃんの援護射撃をして結局、車で送ってもらうことになった。
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