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奈津子さんに別れを言って、店を出る。
奈津子さんの言ったとおり外は風が強くて、雨は半分雪が混じったようなみぞれだった。
店の脇の駐車場に停めてあった『ベーカリー若葉』の文字入りの白いバンにけんちゃんと走って乗り込む。
助手席に座ると店と同じくパンのいい匂いがした。
この白いバンは何度も大学で見たけど、こうして乗るのは初めてだ。
思えば、再会していきなり納品するパンを運ばされたんだっけ?
あの時は最悪だと思っていたけど、今ではひとつひとつがすごく大切な宝物みたいでキラキラしている。
「家ってどこだったっけ?確か、実家住まいだったよな?」
「あ……今、実家じゃなくて双子の兄のところにいてて。鬼子母神の近く」
「了解」
けんちゃんはそう言うと同時にエンジンをかけた。
店の前は車一台が通れるくらいの幅だけど、けんちゃんの慣れた運転ですぐに『若葉』の前を通り越してあっという間に見えなくなってしまった。
それからはずっと二人とも無言だった。
車内は雨が地面や車体を叩く音と、エンジンの音だけ。
何となく、さっきのけんちゃんの厳しい態度を思い出すと、気軽に声をかけられなくて。
でも、この時間が終わってしまうのは寂しくて、家に着いてほしくないような気持ち。
だけど、思いとは裏腹に車は雨の道路を颯爽と走って、目的地についてしまった。
ブレーキを踏んでサイドギアを引くけんちゃん。
車が停車したことにより、より鮮明になる雪混じりの雨の音。
時折ワイパーがフロントガラスを拭く音がその間に入ってくる。
「ありがとう、けんちゃん」
降りる前に、私は伝えそびれていた言葉を紡ぐために閉じていた口を動かす。
このまま、けんちゃんに何も伝えられずに別れるのは嫌だったから。
また、辛辣な言葉が出てくるかもしれないけど、ちゃんとけんちゃんには感謝の気持ちを伝えておきたい。
「今までのこと全部。けんちゃんのおかげっていうか、自分でやりたいことやろうって思えたから。結果的にすごく勝手なことになっちゃったけど」
「違う」
「へ?」
必死に言葉を紡いでいた私を無視して、いきなりけんちゃんが間に言葉を挟む。
私は頭をフル回転させながら話していたから、虚をつかれてフリーズする。
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