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「妹さん、名前は?」
けんちゃんは私の問いに顔を上げると、きょとんとしてたれ目の双眸を瞬きさせた。
「……和香菜だけど」
「和香菜さんはきっと、わかってたよ。けんちゃんが自分のこと心配してくれてたこと。きっとけんちゃんがパンを持ってきてくれるのが嬉しかったんじゃないかな」
想像でしかないけど、私もお兄ちゃんのことが大好きだったから。
ちょっとでも気を引きたくて、周りをうろちょろして、構ってほしいアピールをしたりして。
和香菜さんにもそういう感情があったんじゃないかと思う。
「和香菜さんはけんちゃんが大好きだった。じゃないと、近づきもしないと思う。元ブラコンの私が言うんだから間違いない」
最後は私が冗談めかして言うと、けんちゃんもふっと笑みを浮かべる。
その顔がいつもの私の好きなけんちゃんで、反対に私のほうが胸がいっぱいになった。
だけど、ここで言葉を詰まらせるわけにはいかない。
「大丈夫。けんちゃんはいいお兄さんだった。それに今は立派に『若葉』を経営してる。みんなに和香菜さんが好きだったパンを提供してる。これ以上の和香菜さんへのプレゼントはないと思う」
きっとそう。
和香菜さんは今も変わらずおいしいパンを作っているおじさんやけんちゃんの姿を見たら嬉しいと思うから。
一度も会ったことはない。
でもお兄ちゃんが大好きで、身体が弱くて。
私は彼女ほどの重い病にはかからなかったから、全ての気持ちを汲み取ってあげることはできないけど、少し共通点があったことに親近感が湧いて、和香菜さんがすごく身近な存在に思えてくる。
「けんちゃんは大した男だよ」
私に新たな世界に飛び出すきっかけをくれた人。
そして、恋愛したことがない私が初めて好きになった男の人なんだから。
という言葉は秘密として胸に押し留める。
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