2881人が本棚に入れています
本棚に追加
/230ページ
「まず、ターゲットを絞らないと駄目だよね」
今盛り付けた食べ物の量は女性目線でのものだ。
男の人。特に働き盛りとか育ち盛りの男性には物足りないかもしれない。
「あの界隈はサラリーマンが主?」
「夜はそうかな。でも、学生もいるよ。近くに大学があるから。店の雰囲気的には若い客層寄りになると思うんだよね」
「じゃあ、学生か休みの日はOL狙いか。わりと女性のほうが金払いはいいって言うしそっちメインで考えていって、需要があれば男用に大盛りメニュー作ってみてもいいかもな」
と夏月と話し合いながらデザートを出す。
りんごのコンポートを使ったロールケーキ。
「いいね。ケーキ」
夏月は辛いのも甘いのも両方いけるから、白い皿の中央に載った丸い側面のそれを見て声を弾ませる。
これがお兄ちゃんならあんまりケーキとか甘いものは食べないんだけど。
コーヒーと一緒に出しながらお兄ちゃんのことを考えると、またあの違和感が蘇ってくる。
やっぱり引っ掛かる。
あの真琴さんの怯えた様子が。
「......今日、真琴さんのところ行ってきた」
私は言うか言うまいか迷った挙句、自分一人で抱えることに耐えきれなくてついぽつりと口外に溢してしまった。
真琴さんの名前にケーキを食べる夏月の手が一瞬だけ止まる。
でも、すぐに何でもない顔をして、フォークの上に載っていたケーキを口に含んだ。
「そう。どうだった?」
「つわりでしんどそうだった。ちょっと弱気になってたっていうか……」
「ずっと家にいるのなら余計気が滅入るのかもな」
そう、私も夏月と同じ考えに至ったから、調子がいい時にでも外に一緒に出掛けようと提案した。
だけど、それを口にした瞬間、真琴さんの顔が硬く強張ったのだ。
「でも、なんか……もしかしたら、なんだけど……」
「何?」
「自由がないのかもしれない」
真琴さんは言った。
『雪弥さんに訊いてみる』と。
その笑顔がぎこちなくて、帰ってきたお兄ちゃんにも機嫌を取るようにひっついて。
真琴さんが怯えているのは、お兄ちゃんだ。
最初のコメントを投稿しよう!