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「朝比奈のほうは準備できたんだけど、真琴さんのほうはどう?あいつ、式の前に顔を見たいらしくて……」
「緒方さん、お兄ちゃんを少しの間足止めしといてください」
「へ?」
突然の私の要望に緒方さんの優しげな奥二重の双眸が丸々と見開かれる。
でも、私から流れる不穏な気配を察知してすぐに気まずそうに目を逸らした。
「そ、それはちょっとむ……」
「緒方さん、私のおかげでお姉ちゃんと結婚できるって言ってましたよね?」
逃げる視線を追うように顔を覗き込むと、実に苦々しい表情で緒方さんが唸った。
「う、うん……それは本当に感謝してるんだけど。朝比奈にも世話になってるというか……いえ、やってみます」
私の無言の訴えに屈した緒方さんが渋々ながら頷く。
私はその答えに嬉々として「お願いします」と言い残すと、廊下を走って式場の外に出た。
コートはフロントに預けてしまっているから、寒い二月の空気に肩や足を曝すことになる。
でも、アドレナリンが出ているのか、焦っているからなのかそんなことちっとも気にならない。
どこから?
会場の前の道に出て、ぐるっと見回す。
ここらへんはビジネスホテルやらビルやらが並んでいる。
その中の一つに人影を見つけて、私はそこ目がけて道路を突っ切った。
「夏月!」
ビルとビルの間の狭い路地に立っていた夏月が私に気づいて逃げようとするのをガシッと飛びかかるように捕まえる。
「おまっ……いきなり何んだよ!?」
「それはこっちの台詞!こんな路地にこそこそ隠れて!」
「だって、誰か顔見知りに会ったらまずいだろ!俺、ノロになってる予定だ……」
「あー!もういい!時間がないの!来て!」
ごちゃごちゃ言う夏月の手を引いて、路地から出る。
車と車の間を見計らって、道路を再び突っ切って式場の門を潜った。
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