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「おい、あや……」
「いいから!こっちっ」
焦る夏月を一喝して私は会場の中に入らず、右に曲がって庭のほうへと走る。
ごめんね、お兄ちゃん。
お兄ちゃんが真琴さんを好きなのもわかってる。
真琴さんがお兄ちゃんを選んで共に生きるって決意したのも知ってる。
でも、最後に。
二人だけで話をさせてあげたい。
これから自分の道を歩いていく夏月に。
最後に少しだけ。
ザクザクと雪の上を歩く。
パンプスの中に雪が入ってきて、さすがに足から冷えていくけど、立ち止まっている時間はない。
見えてきた噴水。
「あの部屋……」
白く息が宙を舞う。
指差した手が震えているのは、寒さのせいだけではない。
自分がしようとしていることにお兄ちゃんへの罪悪感があるからだ。
でも、きっと会わないと夏月も真琴さんも後悔する。
私は噴水の向かいの部屋を差す指にぐっと力を込めた。
「あの部屋に、真琴さんいるから。あんまり時間ないけど......」
私の言葉を受けて、夏月が息を呑む音がする。
少しの沈黙の後、夏月は真琴さんのいる部屋を見つめてから
「ありがとう」
と私に微笑んだ。
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