ヒーロー

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でも、それもめぐみさんに呆気なく勘付かれて、呼び出しを喰らって。 怒り出す彼女をどうやって説得しようかと考えていたら、いきなり隣の席から真琴さんが顔を出してきてめちゃくちゃ驚いた。 そこには彩夏もいたから、どうやら俺とめぐみさんの電話口の話を聞いて真琴さんと後を追ってきたようだ。 そこからは真琴さんの総口撃。 俺は前に一度叱られたことがあるからわかっていたけど、めぐみさんは真琴さんがそこまではっきり物を言う人だとは思っていなかったみたいで。 見た目は清楚で淑やかそうに見えるけど、キレたら真琴さんは怖い。 的確に痛いところを突かれて閉口するめぐみさんはもう戦意喪失していた。 「金輪際、うちの夏月くんに関わらないで」 真琴さんがそう言ってくれた時はすごく嬉しかったんだけど、同時に最初から最後まで俺は彼女に救われっぱなしだと思うと情けない。 だから、俺は真琴さんの幸せを見守ろうって。 せめて、助けてもらった分、彼女の笑顔が曇らないように。 そう思って、最後に想いだけ告げて別れた。 兄貴への劣等感もその日に捨てた。 全てを狂わせたこの感情をもっと早くに捨てるべきだった。 女々しく、羨んでばかりいないで俺は俺の道を進むべきだったんだ。 それに気づくのに随分時間を費やしてしまったけど、俺は俺の思うように一度生きてみることにした。 ちょうど夏からアメリカでツアーコンダクターの仕事をしている大学の先輩がいて、繁盛していて人手が足りないから手伝わないかと誘いを受けていた。 教師の仕事は嫌ではない。 生徒たちも可愛い。 だけど、本心からこの職に就きたかったというものではなかった。 兄貴と比較されたくなくて、畑違いの職を選んだだけ。 だからかしっくりくる感覚もなくて、毎日先生の顔をして偉そうに生徒たちに指導していることに罪悪感すら覚え始めていたから、俺は一度仕事を辞めて日本から出るのもいいかと先輩の誘いを受けることにした。 日本を経つのは三月。 学校の都合もあるけど、何より兄貴と真琴さんの結婚式を見届けてからにした。 ちゃんと二人の幸せな顔を見てから旅立つことが、一度兄貴を不幸に突き落とした俺の使命のような気がしたからだ。
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