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「ちょっと、真琴さん、まだ準備できてないみたいなんだ。もう少しだけ部屋で待っててくれだって」
「そうか」
少し残念そうに目を伏せる朝比奈。
朝比奈は彼女を溺愛している。
だから、花嫁姿が早く見たいんだろうと思いつつも違和感を覚えた。
だって、さっき「真琴さん綺麗だったわね」と言いながらぞろぞろと部屋から出てくる親族たちの姿を見かけたから。
準備だってそろそろできていないと式に間に合わないんじゃないのか。
なんだかおかしいと感じた途端、面白い予感がして僕は朝比奈の背後から声をかけた。
「朝比奈」
「鳥居」
「今日はおめでとう。暇だからちょっとうろうろしてたんだけど、もう本庄くん準備できてるっぽかったよ。スタッフの人がそう言ってたし」
僕の嘘に友人の男の顔が若干だが強張った。
そこでやはり何かあると踏んだ僕はにこりと偽善者の笑みを張り付ける。
「式始まるから、早く行きなよ」
「ああ、悪い」
朝比奈は僕の言葉に押されて廊下を歩き出す。
その姿を僕とは対照的に渋い顔で見送る友人の男。
すると、そこに背後からかけてくる足音が廊下に響いた。
振り返ると、黒のドレスに身を包んだ小柄な女の子が立っていた。
確か、この子は朝比奈の妹だ。
記憶力のいい僕は朝比奈の前の結婚式の時に見かけている彼女を覚えていた。
「緒方さん、お兄ちゃんは......」
「ごめん、今行っちゃった」
緒方と呼ばれた男は妹に申し訳なさそうに謝る。
なるほど、妹が画策したらしい。
おそらく、今本庄くんのもとに朝比奈が行ってはまずい状態。
つまりは何か訳ありの男がいるのだろう。
僕は妹の肩に手を置いた。
何だと驚く彼女に口の端を上げる。
「お兄さんの幸せを邪魔したら駄目だよ」
その後、別に大きな事件が起こることもなく、結婚式は滞ることなく進んだからちょっと期待外れだったけど、あの時の僕の言葉を受けた二人の苦い顔が楽しかったからよしとしよう。
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