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朝比奈はこめかみを押さえながら項垂れる。
この男は朝からいろいろと考えて大変だな。
画策した自分を差し置いて、全くの他人事として聞いていた僕の隣で朝比奈が「……もっと違う方法を探すべきだった」と落ち込み出す。
『幸せすぎて怖い』と言っていたから、少し変化をつけてやろうとしたんだけどな。
もちろん、朝比奈が悩む姿を見て僕が楽しむという前提でだ。
まさに思い通りの展開になって面白いんだけど、ふとあることに気づいた。
「あれ、今日はお弁当は?」
いつもビジネスバッグとは別に愛妻弁当が入った鞄を持っているのに、今日はない。
特に昼間外出する予定ではなかったはずなのに。
「作ってもらえなかった」
朝比奈が頭を抱えたまま言った。
どうやら、不機嫌の原因はこれらしい。
なるほど、これが本庄くんの無言の抗議か。
なかなか厳しい奥さまだと思いつつ、さすがに僕もちょっと気の毒になってきて朝比奈の肩を叩いた。
「御愁傷さま。じゃあさ、久しぶりに外で食おうよ。いい店あるから」
「......奢らないぞ」
項垂れた朝比奈が僕を猜疑心ありありと見上げてくる。
どこまでも僕を信用していない朝比奈の態度がおかしくてふっと笑みが吹き出た。
「わかってる。むしろ、昨日のお詫びに奢るから」
昨日は何だかんだで朝比奈が払った。
決して安いとは言えない金額に僕も半分払おうとしたけど、朝比奈が『部長』として譲らなかった。
そこは家庭を持つ身として無理をさせたのではと思うから昼飯くらい奢らないとさすがの僕も申し訳ないと思う。
その日の昼休みは朝比奈と外で飯を食って、いかに奥さんの機嫌を取るかを教授してやった。
『手っ取り早く、花か甘いものを買っていけば不倫もバレないよ』と言うと、また怒られたけど。
何だかんだで朝比奈が怒ると僕は楽しいからいい昼飯だった。
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