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お互いの就活で会う時間もここ二カ月ほどろくに取れていなかったのだ。
それが妊娠六週目で僕の子なわけがない。
瞬間的にも頭ではわかっていても、心では全く理解が追いつかなくて。
康乃の口から漏れる「ごめんなさい」という言葉が空しく僕たちの間に流れるだけだった。
子供の父親は僕たちのサークルの先輩だった。
二歳上のリーダーシップがある面倒見のよい男で、剛毅なところがまさに『男らしい』と男の僕でも思える自分とは正反対の人間だった。
二人は元々、高校が一緒で、康乃はその頃からずっと先輩のことが好きだった。
でも、相手は女にモテて相手にしてもらえず諦めた。
それから僕と付き合って、先輩とも普通にサークルの部員としての距離を保てていたらしい。
だけど、就活のためOB訪問で久しぶりにそいつに会って、いろいろと相談しているうちにそういう関係になってしまった。
その経緯を康乃から聞いた時は、失笑してしまった。
いろいろ相談しているうちに何がどうなって身体の関係になるんだ?
聞けば関係は半年前からだという。
この女は僕と身体を重ねながらもそいつともヤッていたのだ。
そう思うと、さっきまで大切な宝物のように思っていた女がひどく汚らわしい汚物のように思えて、こんなものに口付けていたのかと思うと吐き気が込み上げてくる。
一度でもこいつとの未来を考えた僕自身にも辟易する。
見るのも嫌になって僕は目を逸らしたまま「じゃあ終わりだね」と一言だけ残して、そこから立ち去った。
呆気ない幕切れだが、こういうことはさっさと幕を引くのが一番だ。
じゃないと、地獄を見るのはこっちなのだから。
それから僕は昔の僕に戻った。
他人に深く干渉せず、当たり障りのない人間関係の中で生きるだけ。
そう思うと、すっと肩の力が抜けて楽になった。
やっぱり僕にはこっちのほうが性に合っているみたいだ。
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