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それからほんの数日後の朝。
会社に来て早々、朝比奈に「話がある」と呼び出しを喰らった僕は約束の昼休み小会議室にいた。
朝比奈と僕の間に挟まれた机の上には一枚の紙。
離婚届だ。
もちろん、僕のではない。
朝比奈が突如この紙を出して「離婚する」と言い出したのだ。
朝比奈の顔色からして芳しくない話だとは予想がついていたけど、まさか奥さんに離婚を突きつけられたなんていうことまでは考えに至っていなかったから一瞬言葉を失う。
だって、朝比奈は奥さんを愛していた。
彼女が熱を出した時だって、この仕事馬鹿が早々に帰っていったのだ。
不器用なこの男なりに大切にしていたのだ。
奥さんだって、それはわかっていたはず。
「……冗だ……」
『冗談だろ』と茶化すように吐こうとした口も途中で止まる。
朝比奈がこんな性質の悪い冗談を言うわけがない。
沈みきった表情を前に僕も口元をぐっと引き締めた。
「どうして?」
「向こうに好きな男ができた」
「それでいいの?」
「ああ」
朝比奈は頷くと、僕に証人欄に記入してほしいと言う。
「親とか兄弟は今、この事態についていけていなくて、冷静に頼めないんだ。海外赴任への時間もない」
だからって同期の僕に頼む朝比奈も相当冷静さを欠いている。
それほど早く決着をつけたいのか。
僕は『離婚届』と書かれた机上の紙に目を向ける。
既に朝比奈と奥さんの名前がそこには記されていた。
これで、この紙一枚で終わりなのだ。
朝比奈が彼女を愛してきた時間も全て過去のものとして処理される。
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