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あの女は馬鹿か。
信じられない。
朝比奈みたいな稼ぎ頭を捨てるなんて。
他に浮気をすることもない。
多少性格の不一致があったとしても、このままこの男と暮らしていれば一般水準以上の生活が送れる。
僕が女ならこんな好条件手放そうとは思わない。
それなのに、あの女は他の男を選んだのだ。
非情に、残酷に、不器用な優しさを持つ男を裏切って。
康乃と同じ……。
「やりかえしてやれよ」
気づけばそう口走っていた。
朝比奈は俯いていた顔を上げて僕を見つめた。
戸惑いと驚きと何より僕の真意を読み取ろうとしている目とぶつかって、僕は逃げるように下を向く。
「このままやられっぱなしなんて悔しいだろ。女も相手の男も訴えるなりして痛い目みせてやれよ」
自然と語気が荒くなる。
僕らしくない。
こんな他人事に感情を挟むなんて。
でも、どうにも怒りが腹の奥から押し上がってきて、その反動で震えそうになる奥歯を噛み締めた。
僕の言葉を受けて、朝比奈は目を伏せるとゆっくりと首を振った。
「いい」
「なん……」
「正直、疲れた……」
掠れた声音にさっと頭から熱が引いた。
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