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朝比奈も現実を受け止めきれていないのだ。
ただ、感情に任せて、負わされた傷を露わにして惨めな自分をさらけ出すのはプライドが許さないのだろう。
今、朝比奈を支えているのはなけなしの男の意地だ。
「……印鑑とってくる」
僕は静かにそう言うと席を立った。
こうなれば早く終わらせてやるのが一番だと思った。
一瞬、朝比奈と昔の自分を重ねて憤ってしまったことが恥ずかしい。
僕も康乃とろくに話し合うこともせずに別れを承諾した。
結局、傷ついたという事実を康乃に知られたくなくて。
傷つけられた相手に憐憫を含んだ眼差しを向けられたくなくて、プライドだけがあの時の僕を動かしていた。
だけど、本当は憤りのまま詰って、康乃も相手の男も僕と同じくらい傷を負わせてやりたかったんだ。
みっともなく、裏切ったことを責めてやりたかった。
それを今になって朝比奈に自分ができなかったことを押しつけるのはお門違いも甚だしい話だ。
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