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朝比奈はその後、離婚が成立してすぐ一人でアメリカに旅立った。
社内では一部の人間しか離婚の事実を知ることもなく行ってしまったから、僕は本当にあんなことがあったのかと疑問になるくらい、いつもの安穏な日常の繰り返しだった。
普段から連絡を取るような仲ではないのだから、プライベートで会うこともない。
一課長の僕がアメリカ支社に赴くこともない。
だから、朝比奈は僕を離婚の証人に指名したのか。
頻繁に会う人間なら自ずと離婚に関する記憶が蘇るだろうから。
なんか、利用されたみたいで癪だな。
そう思っても、文句を言う相手は海の向こうなのだから一人で不貞腐れるしかない。
朝比奈が戻ってきた時に言ってやろうと思ったけど、四年後いざ日本に戻ってきた奴と会うとそんなことなど頭から飛んでしまっていたから笑える。
「あなた」
妻の呼ぶ声で記憶に沈んでいた意識が覚醒する。
気づけば舞のベッドに顔をつけて眠っていた。
絵本を読み聞かせているうちに眠った舞を見ていた僕も寝てしまったようだ。
「風邪引くわよ」
「あー、ごめん」
浅い眠りから覚めたばかりの頭が鈍く痛む。
今までの薄っぺらい人生を振り返るような夢で、正直気分は良くない。
こめかみを押さえている僕を傍らに立った妻が見下ろしている。
「話があるの」
ベッド脇にあるスタンドからの霞むようなオレンジの灯りが妻の顔に影を作る。
その表情は闇に溶けてわからないけど、僕はいよいよその時が来たのかと痛む頭で容易に察した。
「わかった。リビングに行こう」
僕の言葉に妻が先に部屋から出ていく。
それに続いて出た僕がドアノブに手を伸ばした時、舞の健やかな寝顔が視界に入ってピキッと一際鋭く頭痛がしたけど、ただ目を伏せて静かに扉を閉めた。
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