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離婚するから感傷的になっているだけだと胸中で言い訳をしながら、朝比奈にも口早に言う。
「まぁ、僕の場合は不倫してるしね。君と違って誠実じゃないよ。三行半を突きつけられて当然だよ」
「だからなのか?」
朝比奈は首を傾けて、俺の顔を覗きこんでくる。
「お前が不倫していたのは、諦める口実のためか」
言葉が出てこなかった。
図星だったからだ。
紗江の浮気を知ってから、僕も同じように始めた真優との不倫関係。
そうすれば、いざ別れを告げられた時も諦められる。
こんな最低な男から離れていくのは仕方ないって。
人を信じて無様に傷つくのが嫌で、僕は自分を貶めることで裏切られることを当たり前としていた。
朝比奈は押し黙る僕にそれ以上は何も聞かず、胸元からボールペンと印鑑を出して離婚届に流れるように記入し始めた。
捺印を終えるとこっちに武骨な男の指が薄い紙きれを押し戻す。
「後悔のないようにだけしろよ」
そう伏し目がちに言った朝比奈はいつものあの仏頂面の愛想なしだ。
僕は机の上の紙を取ると
「ありがとう」
小さく呟いた。
この紙を手渡してきた紗江の手を思い出す。
家事で少し荒れてしまった手だけど、間違いなく僕に連絡先を書いた紙を渡してきたあの頃と同じ、小さな女らしい手。
その手で家事をしながら僕の帰りを待って、舞を抱いて。
それに気づかなかったなんて、いい夫を努めたと自負していたことが恥ずかしい。
もう、修正は難しいのかもしれない。
でも、最後になったとしても、今度はちゃんと言おうと思う。
今までの感謝と、ちゃんと愛していた事実を。
後悔のないように。
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