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「ねぇ朝比奈ぁ」
「無理だ」
「まだ何も言ってないのに」
「お前がそういう声を出す時はろくでもない時だ」
朝比奈が向かいのソファーで嫌そうな顔をする。
今日は日曜日。
仕事は休みだけど、朝比奈の家に遊びに来ている。
「ちょっと遊びに行こうというお誘いだよ」
「無理だ」
「なんで?僕も独り身に戻って寂しいのに」
「俺は結婚している」
僕の言葉にテンポよくも冷たく返してくる。
僕の離婚はあの後、成立した。
気持ちを伝えたけど、紗江は違う男の元に行ってしまった。
それだけ擦れ違っていた時間を取り戻すには遅すぎたということだ。
ただ、最後は僕の言葉を聞いて泣いていた。
『愛してるよ』っていう言葉に小さく嗚咽を漏らして。
よく考えれば、僕が誰かに『愛している』なんて言ったのは初めてだった。
康乃の時も、気恥かしさが勝ってしまって口に出したことはない。
康乃も紗江も、もう少し早く言っていれば何か状況は変わっていたかもしれないけど、後悔しても時間だけは巻き戻せない。
僕は離れて彼女の幸せを祈ることしか許されないのだ。
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