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後悔がないように言ったけれど、やはり心残りはある。
「パパ、舞と遊ぶー!」
朝比奈に邪険にされていた僕の隣で慰めるように娘の舞が僕にくっついてくる。
舞は僕が引き取ることになった。
離婚する場合、母親のほうに子供がついていくことが多いけど、舞が「パパと一緒にいる」と頑として譲らなかった。
この年で離婚というものがわかっているわけではない。
でも、抱きついて離れようとしない小さな娘の姿に、その意志を尊重する形で舞の親権は僕が持つことで同意した。
小さなこの娘だけは僕を裏切らずに傍にいてくれるようだ。
この世界で唯一の存在を残してくれた紗江に感謝しなければと思う。
「ねぇ、朝比奈。君の所に生まれるのが男の子だったら舞と結婚させない?」
「はぁ?」
「そうすれば僕たち親戚……」
「いや、いい」
朝比奈が即座に首を横に振る。
すごく嫌そうな顔に思わず破顔しそうになった時、本庄くんがクスクスと笑いながらケーキとジュースや紅茶を載せたトレイを持ってきた。
「はい、舞ちゃん」
舞の前にショートケーキを置くと、舞はパァっと顔を輝かせる。
それを見る本庄くんの嬉しそうな顔。
朝比奈が気を揉むとおり、お腹の膨らみはあまり目立っていないけど、座るときにお腹を庇う様子や、顔つきがもう母親になっている。
そういう朝比奈も舞を見て父親のように朗らかな顔をしているのだから、二人して舞からまだ見ぬ我が子を想像しているのだろう。
その時、朝比奈の携帯が鳴った。
「悪い」と席を立つ奴がリビングの扉の向こうに消えた時を見計らって、僕は本庄くんに視線を向けた。
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