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でも、近づいてきた足音とともに現れたのは冬吾くんだった。
「う、生まれた!?」
「まだよ!」
誰かと思えばあんたか!
まったく、紛らわしいことこの上ない。
言っておくけど、昨日のこともあるからとこんなに怒っているわけでは……ない。
と私が鼻息荒く顔を背けたところで、また足音が耳に届く。
駆け足で慌しく近づく足音に「走らないでください!」と看護婦さんの注意する声が廊下に反響する。
廊下の角から現れたのは今度は間違いなく雪弥だった。
「ま、ま、真琴はっ……!?」
肩で荒く息をしながら危機迫る雪弥に気圧されて一瞬みんなが応えられなくなった。
雪弥がそれを勘違いして「何かあったのか!?」と言うから慌てて母が口を開いた。
「ま、まだ生まれてないの」
「まだ……」
「初産だから時間がかかるのよ。とりあえず、座りなさい」
母に促されて、私の隣に腰掛けた雪弥は汗ダクだった。
夏とはいえ、この乱れた息遣いといい尋常じゃない。
「雪弥、タクシーで来たんじゃないの?」
「……最初はそうだったが、そこで渋滞があったから走ってきた」
ぽつぽつと話す雪弥は疲労が滲んだ顔で分娩室を凝視している。
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