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「春奈」
見合いをした数日後、彼の部屋でぼんやり窓の外を眺めていたらふと名前を呼ばれた。
振り向く暇もなく、後ろから伸びてきた腕がウエストに回って抱き締められる。
それから、心配そうな彼の顔に覗きこまれた。
「どうかした?ボーッとして」
「ううん、何でもない」
私が笑うと「そう?」と彼は小首を傾げる。
駄目だ。
一緒にいる時に沈んだ顔をしていては。
私は自分を律すると彼の腕の中で身体を反転させて、正面から抱きついた。
「何?やけに甘えん坊だな」
「だって、このところ会えなかったんだもん」
彼は今大学に通いつつ、休日は実家の旅館に戻っている。
今から少しずつでも旅館のほうの経営に携わっていこうという彼の意向だった。
だから、今日は二人で過ごす貴重な日。
暗い顔をしていては台無しだ。
「ねぇ、俺が卒業して、仕事に慣れてきたらさ……」
私を胸に抱きながらそう言うと、彼は一呼吸置いて何やら決心したように再び口を開く。
「結婚……しよう」
その言葉に私は呼吸するのも忘れて、ただただ彼の顔を見つめた。
彼はというと、緊張なのか照れなのか顔を真っ赤にさせながらも慌ただしく自分のズボンのポケットに手を突っ込む。
「ちょっと待たせちゃうけど。それまでは、これ......」
ポケットから現れたのは小さな箱。
彼がその箱を開けると、シルバーの指輪が姿を見せた。
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