春と冬

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彼に相談しようと思ったけど、できなかった。 今、実家が大変な時に私のことで悩ませたくなかったし、何より、相談したらきっとすぐに私と結婚するとか言い出しそうだ。 向こうはまだ学生。 下手をしたら大学を中退して実家を継ぐからと言い出すかもしれない。 最悪、実家の旅館も継がずに二人だけで生きると選択することもありえる。 学業も実家の経営も両立させて頑張っているところを私が邪魔をしたくない。 大好きな彼の人生を大きく変えることは避けたかった。 私は卒業後、料理学校に通う予定だった。 それを口実に結婚を引き延ばせないかとしようしたけど、向こうが結婚してからでも通ってくれて構わないと言うのでそれも無駄に終わった。 その間彼が実家に帰る日が多くなって、会えない日々の中、悩んで。 でも、縁談の話は滞ることなく、結婚式は私が大学を卒業した後の五月に決まった。 その日、私は部屋で一人で泣いた。 人知れず泣いて泣いて。 もう涙も出なくなった時、決心もようやくついた。 新年が開けて早々に私は彼の借りているアパートに向かった。 彼がいない間に自分の荷物を整理するためだ。 大学も冬休み。 彼が実家で過ごしている間に済ませておきたい。 合鍵を使って中に入り、大きな鞄に置いていた服や私物を詰め込んでいく。 目につくものは全部詰め終わって部屋を見回した瞬間、ガチャリと響く音。 ひやりと冷や汗が噴き出る。 まさか、このタイミングで? 「明日帰るから会おう」って言っていたから今日は大丈夫だと思っていたのに。 案の定、玄関で靴を脱いだ彼が「春奈?」と部屋に入ってきた。 大きな鞄と私を視界に捕らえると、見る見るうちに大きくその目を見開いていく。
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