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「ど、どうしたの?」
驚きで声を上ずらせる彼。
明日、ちゃんと外で待ち合わせて話すつもりだった。
まだ、外の店のほうが周囲の目があって冷静に話せると思ったし、それにこの部屋は思い出が詰まり過ぎている。
初めて、彼のために料理をしたこととか。
初めて身体を重ねたこととか。
プロポーズされて指輪を嵌めてもらったこととか。
全部がいとおしい思い出で、私の決心を鈍らせるから避けたかったのに。
でも、もう仕方がない。
私は鞄の取っ手をきつく握ると引き結んでいた口を開いた。
「別れてほしいの」
「え?」
「私、結婚することになった」
私の発言に彼が息を呑む。
言葉も出ない彼に追いうちをかけるように私は言い放った。
「お見合い相手と今度春に結婚する」
「は……冗談きついよ。それ」
彼は笑って流そうとするけど、顔が引きつって痛々しい。
私は無表情でただ黙っていると、彼の渇いた笑みもすっと引いていく。
打って変わって真顔になった彼はとても冷たい眼差しで私を睨み据えた。
「……本当に?」
「うん」
「好きなの?その男のこと」
私は少し俯いてから、ゆっくりと顔を横に振る。
好きではない。
好きなのは目の前の彼だった。
「じゃあ、なんで!?」
「好きとか嫌いとかは一番じゃないの」
彼が私の肩を掴んでくる。
それを諌めるように淡々と言った。
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