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「大きな会社の息子で、安泰な暮らしができるの。家族もみんな望んでくれてるから」
「みんなじゃなくて自分はどうなんだよ!?」
普段怒ることなどない彼が大声で激昂する。
それほどまでに私はひどいことをしている。
いや、もっと嫌われなくては。
こんな最低な女のことを早く忘れてもらうために。
こんな私に囚われず、どこにでも行けばいいと彼が忌み嫌う最低な女にならないといけない。
それが彼を捨てる私への罰だ。
「そんな好きでもない男と結婚していいのかよ!?」
「うるさい」
私は勇気を奮い立たせると、彼をキッと睨みつけた。
「私は潰れそうな旅館の跡取りよりそっちがいいのよ。全部言わないとわからない?」
それから肩を掴む彼の手を払って、玄関へ向かう。
「はる……」
「今までそこそこ楽しかったわ。でも、これで終わり。じゃあね」
振り返ることなく私は合鍵を棚に置くと部屋を出た。
それからは走って、走って。
冬の冷たい空気が全身の熱を奪っていくけど、足を止めずに走る。
駅まできたところで息が切れて立ち止まった。
ゆっくり振り返ったけど、彼は追い掛けてこなかった。
それが私が彼を裏切った日。
緒方冬吾との別れだった。
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