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普段、お酒に呑まれることなんてないのに。
ふわふわとした意識の中、一度手放した温もりに包まれたことに涙が出た。
これは夢なのかな。
だって、緒方くんが私に昔みたいにキスしてくるなんてあり得ない。
だから、きっと夢だ。
私の願望どおりの都合がいい夢。
だから何だっていいやとそのまま流されるように身体を重ねて、あられもなく乱れて。
だけど、朝起きたら控え室に使っている店の奥の畳部屋で。
隣には緒方くんがいたからびっくり。
私が着ていた着物が布団がわりとなって裸の私たちを包んでいて、触れ合った肌と肌が昨日の情事が夢じゃないってことを証明していた。
彼はあわあわする私を優しく抱き締めてそっと頭を撫でてくる。
「ねぇ、結婚しよう」
甘い声音で囁かれて。
指輪をもらった頃に戻ったかのように錯覚してしまいそうになる。
でも、私は頷けなかった。
緒方くんが私のことを好きでいてくれているかを疑っているからではない。
緒方くんは本気だ。
私を貶めようとかいう意図で言ったわけじゃないのは彼の目を見ればわかる。
真っ直ぐで淀みのない瞳。
熱情を湛えた双眸が本気だと告げていた。
でも、彼は一人っ子。
いずれ社長になって、会社を盛り立てていく。
その彼にはまた跡取りが必要になるのだ。
前の結婚で子供ができなかったことが私に深い闇を作っていた。
もし、子供ができなくて前の夫のように緒方くんにまで落胆されたら。
考えただけで耐えられなかった。
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