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「『無色透明なあたしを 色づけていく 絵筆のような君』」
わたしは孝輔を見ることに耐えられなくなって細く切れそうな弦に視線を落とした。
普段は静かに聴き入ってくれるのが嬉しいと思うのに、今はそれがほんの少しだけ、憎い。
「『白いキャンパスに絵の具で 色づけて ねえ』」
好きな人といると世界は色付くと言うわね。確かにその通りかもしれないわ。
だって貴方がそばにいるだけで、世界はこんなにも美しく見えるんですもの。
でも、たとえ世界に色がなくたって、わたしは生きてゆける。でも今は……愛を歌うわ。
「『あたしの世界をあなただけ 色づけられる』」
マイクをスタンドから引き抜いて一直線に孝輔を貫く。いつだってわたしを熱くさせていたのは孝輔だと云うことを伝えるには。
こうするのが一番かしら?
「『消えてしまわぬように』」
マイクを片手にステージを降り、孝輔のいる席へと一歩ずつ歩みを進める。
最後なら、なにをする?
「『その手で捕まえていて』」
孝輔の手にマイクを握らせて、上から包むように両手を重ねた。
「……硝」
黙っていたせいか掠れた声が耳をかすめる。落ち着く声も、今夜で最後。別れが長引くと良いことがないことをわたしはよく知っている。
「……愛、してる、わ……。孝輔」
拙い愛の言葉を降らせて、触れるだけのキスを落とした。驚愕に見開かれる瞳を見て、わたしがもっと普通の子だったら期待するかもしれないだなんてね。
もう戻って来ないだろうステージを一瞥して荷物を取りに裏へ入る。その後ろでまさか孝輔が顔を赤らめていただなんて思いもしないで。
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