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硝が消えたステージを呆然と見つめて、俺は一人赤い顔を掌で覆い隠していた。
別れを告げながら、もう会わないと言いながら、どうしてキスなんか……。
口付けを落とされた唇に触れると、もうすっかり落ち着いた筈の顔の火照りを感じた。
(いや、そんなことより……)
離れていった硝の顔が忘れられない。言葉も表情も、行動と全く合っていない。
求め合うのは、そんなにいけないことか?
…なんて、凡そ教師の発言ではないな。嘆息して、瞳を閉じると、ぼんやりと彼女の顔が浮かんでくる。
またあの顔。泣きそうな、壊れてしまいそうな儚さを感じさせる切ない笑み。
――愛、してる、わ
拙い愛の言葉が胸に突き刺さっている。怯えているくせにどうして触れたがるのか。
煙草の煙を吐き出しながら、俺は硝が消えたステージの上で弦を弾く。吐き出さなければ、今夜はどうにもなりそうもない。
「愛してる……か」
呟いた言葉は思いの外重くのしかかり、肺を満たす煙の量をただ増やすばかりだった。
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