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「けど?」
「次のバイトの店、潰れちゃったんだよね」
「あ・・・ごめん」
「いいよ、別に。中村・・・さんのせいじゃないし」
この時はじめて彼女の名前を呼んだ。厳密にはバイト中に、“中村先生”と呼ぶ事はあったのだが、“さん”づけで呼んだのははじめてだ。
それがぎこちなかったからなのか、彼女は笑った。
「ん?どうかした?」
「今の言い方。とってもぎこちなかったからさ」
ビンゴだ。また、恥ずかしさが僕を襲う。
「なんか、名前呼ぶのって緊張しない?」
「しないよ。さっきだって、普通に大泉くんって言ったでしょ?」
「あ、そっか・・・」
些細な会話をしていると、急に彼女が騒ぎ出した。
「どうしたの?」
「電車の時間。急がなきゃ」
彼女はわりと田舎の方に住んでいた。だから電車を乗り遅れてしまうと、次の電車まで数十分ないなんてこともあるのだ。
「大変だ!」
僕の家はここから歩いて10分もかからない。それだけに彼女の動揺ぶりを理解出来ずにいたのだが、彼女の動揺ぶりの激しさに動揺していた。
急いで駅に向かう。すると、フェンス越しに電車がホームに止まっているのが見えた。
「走れ!」
思わず言っていた。
けれども階段を上り、自動改札の目の前で電車のドアの閉まる音が聞こえ、そしてゆっくりと走り出す電車の姿が飛び込んできた。
「あー・・・」
彼女はひどく落ち込んだ。それを見て話しかける言葉を必死に探す自分に気がついた。別に彼女のことをなんとも思っていなかったのに、その落ち込んだ表情を見ると、どうにかしてあげたくてしょうがない、そんな気持ちになった。
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