序章:記憶

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鉛の空。 唸る風。 肌を刺す雪。 雪は風に乗って、吹雪となっては容赦なく襲ってくる。 ここは北の雪国。 あることを頼まれて、凍てついた雪山にいる。 暫く歩くと冷たい木々に覆われた道からでて、開けた場所にでた。 …道がない。 目の前は崖になっていて、あと二、三歩踏み出したら確実に人生がパァになるだろう。 そんなことお構いもなしに、恐れる様子もなく崖を覗き混んだ。 遥か下方、麓から国が見える。 …こんな環境で暮らすなんて、俺には出来そうにない。 濃紺の髪が吹雪で乱れる。 淡い藍色をした目は真っ直ぐに麓を見つめていた。 襟の高い黒いロングコートの裾が捲れ上がると、左腰に挿された黒い鞘の剣が姿を現す。 …そんな彼の背後から、積もった雪を踏み締める音がする。 振り向くと、見慣れた姿。 「…何てことだ。完全に保護色じゃねぇか。」 周囲の雪の色、氷の木、透き通った草花。 真っ白なその体と綺麗に溶け込んでいた。 「テワン。」 彼が呼ぶと、軽やかに脚を動かして、その後ろにピッタリとくっつく。 真っ白な毛並みをした、美しい馬。 額からは輝く陽のような色をした一本の角。 目は、燃えるように紅かった。 彼は、テワンと呼んだその馬の左側に着くと、一つ大きな息を吐く。 吐いた息は、白く光ると消えて無くなった。 「鞍が雪まみれだ。黒色がどうやったら白く見えるんだ」 彼と同じ目線の高さにある鞍は、うっすらと雪が積もっていた。 「…ヒン」 「ヒンじゃねぇ。」 彼はテワンの鼻頭をデコピンすると、鞍の雪を払い、鐙を下ろして鞍に飛び乗る。 両足を鐙にかけ、手綱を握り踵をテワンの脇腹に当てる。 彼の脚に反応して、テワンはゆっくりと歩き出す。 「戻るぞ。…仕事は片付いた」 テワンはそれに答えるように鼻を鳴らす。 雪の色に吸い込まれていくかのように、二つの影は山から消えていった。
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