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「........数年ぶりだな」
お互いに思い出しているのは同じ光景だろう。
ラシアがミナを産んだ時のことだ。
二人して分娩室の外の椅子に、こんなふうに隣り合わせで。無事を祈っていた。
誰に?
俺は祈る神を、持っていなかった。
捨てた後だった。
ただ、手を握り締めて目を瞑るサクタロウを見て、人は他人のためにここまで集中出来るのかと思った。
「すまなかった」
サクタロウが、ポツリと呟いて思考は断たれた。
「あ?」
「あの時も、ラシアと結婚するときも、お前が戸籍を手に入れるのにどれだけ危険な目にあったか........
俺が二人を守るってお前に約束したのに」
サクタロウの自己陶酔に付き合う暇は無い。
頭を蹴り飛ばしてやった。
「痛いだろーが!」
「うっとーしいんだよ!三十路の泣き言に付き合ってられっか。
自信が無いなら、今からでも変わってやんぜ。
俺のが良い旦那だし、良い父親だ。
寝ぼけたこと言ってんじゃねーよ」
サクタロウは、泣き笑いの顔になった。
「言っとくけど、俺がラシアの肌に触れたのは、肩だけだからな」
「判ってる。そこまで馬鹿じゃない」
教団から抜けるときに肩の刺青を、噛みちぎった。お互いに。
俺たちは、初めての青空の下で血まみれで笑ったんだ。
「ミナが生まれて、もう六年か........」
ふっと、頭をよぎる。
六年。
この六年、教団からの刺客は無かった。
「おい、ラシア長すぎないか」
ハッと顔をあげたサクタロウが、手術室の方へ走る。
なぜ気付かなかった。
この病院は、
静か過ぎる。
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