【真夏のM字開脚】

5/13
前へ
/13ページ
次へ
「........数年ぶりだな」 お互いに思い出しているのは同じ光景だろう。 ラシアがミナを産んだ時のことだ。 二人して分娩室の外の椅子に、こんなふうに隣り合わせで。無事を祈っていた。 誰に? 俺は祈る神を、持っていなかった。 捨てた後だった。 ただ、手を握り締めて目を瞑るサクタロウを見て、人は他人のためにここまで集中出来るのかと思った。 「すまなかった」 サクタロウが、ポツリと呟いて思考は断たれた。 「あ?」 「あの時も、ラシアと結婚するときも、お前が戸籍を手に入れるのにどれだけ危険な目にあったか........ 俺が二人を守るってお前に約束したのに」 サクタロウの自己陶酔に付き合う暇は無い。 頭を蹴り飛ばしてやった。 「痛いだろーが!」 「うっとーしいんだよ!三十路の泣き言に付き合ってられっか。 自信が無いなら、今からでも変わってやんぜ。 俺のが良い旦那だし、良い父親だ。 寝ぼけたこと言ってんじゃねーよ」 サクタロウは、泣き笑いの顔になった。 「言っとくけど、俺がラシアの肌に触れたのは、肩だけだからな」 「判ってる。そこまで馬鹿じゃない」 教団から抜けるときに肩の刺青を、噛みちぎった。お互いに。 俺たちは、初めての青空の下で血まみれで笑ったんだ。 「ミナが生まれて、もう六年か........」 ふっと、頭をよぎる。 六年。 この六年、教団からの刺客は無かった。 「おい、ラシア長すぎないか」 ハッと顔をあげたサクタロウが、手術室の方へ走る。 なぜ気付かなかった。 この病院は、 静か過ぎる。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加