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柔らかな光に満ちたキッチンで、ラシアは鼻歌を歌っていた。
いつもこの時間に帰ってくる娘のためにおやつを手作りしている。
今日は苺ジャム。ヨーグルトかクラッカーに乗せてあげよう。
保育園の時は迎えに行くことが苦痛だった。ラシアはその容貌から、園児の母親達に日本語が話せないと思われていたようだ。
本当は話せるのだが、大きめの声で遠慮なく噂話をしている彼女らに関わりたくなかった。ラシアに理解できないと思っていたのだろうから。
夫のサクタロウは相変わらず優しいし、休日には家族三人で心置きなく過ごした。
家に居て、夫の帰りを待ち、一緒に食事をとる。この小さな幸せさえあればそれで良かった。
「ママ、苺のいい匂いが外までしてたよ!」
玄関から、飛び跳ねるようにミナが走ってきた。ランドセルに付けた防犯ブザーがカチャカチャ鳴る。
「おかえりなさい、手を洗っておいで」
◆
苺ジャムを乗せたクラッカーを食べて、ミナは学校でのことを話してくれた。話は飛び跳ねるように前後する。
なんでもいい、元気で楽しく居てくれるのなら。
「あ、そうだ。今日ね、パズルしたの。」
そう言って持ってきたのは色とりどりの図形カードだった。
算数セットに入っていた。
日本語は話せるけれど書くのが苦手なラシアの代わりにサクタロウが全部名前を書いてくれた。
几帳面な小さな字で、愛する娘の名前がいくつも記されていくのを、何か儀式のような気持ちで見ていた。
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