六月の鈍色

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  彼女は今日も、その木の下に居た。 六月初旬、梅雨入りしたばかりの曇天からは今にも雨粒が零れ落ちてきそうだった。 鈍色の空気が立ち込める寂れ果てた公園の真ん中で、伸び放題になった夏草の青臭い匂いがつんと鼻を突く。 「やぁ」 彼女は無機質な瞳で僕を一瞥するだけで、何も応えない。 彼女の事を、僕は何も知らない。 好きな食べ物も誕生日も、住んでいる家も通っている学校も、名前も声も聞いた事がない。 知っているのはこの時間、毎日のようにこの公園のこの木の下に佇んでいるという事。 絹を織り込んだみたいに艶やかな黒髪がちょっとどぎまぎするくらい綺麗だって事。 生まれてから一度も日の光を浴びた事がないんじゃってくらい、柔らかそうな肌をしているって事。 それから、いつも同じ真っ白なノースリーブワンピースを着ている。 同じものを何枚も持っているのか、毎日同じ服を着ているのかはわからないけど。  
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