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寂しい日ではあるが、下柳の心には、ある種の満足感がある。
陸奥屋の閉店を惜しむ人々が、予想以上に多かったからだ。
錆び付いた観覧車、汽笛の鳴らなくなったミニSLは、地元の有志が無償で直してくれたし、屋上の隅にある特設会場では、祭りを盛り上げるために、陸奥屋社員が隠し芸大会を開いてくれている。
屋台コーナーをひととおり見て回った下柳は、その特設会場に足を向けた。
塩田は携帯で呼び出しを受けてしまったから、下柳は後ろを振り向いた。
「宮内さん、みんなの応援に行きましょうか?」
先ほどより、下柳の笑顔に悲しいものが少ない。
「はい」
めぐみは、しっかりと下柳を見て、頷くことができた。
下柳は大手百貨店に陸奥屋を吸収合併させることで、全社員の再就職先を確保した。
けれども自身のこれからは白紙のままでいる。
「あの‥‥社長‥」
再び前を向いた下柳の背中に変化は、見られない。
特設会場のマイクの音にめぐみの声は消されてしまったらしく、彼女は喉に出掛かった次の言葉を、仕方なく飲み込んだ。
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