第1章

4/7
前へ
/7ページ
次へ
寂しい日ではあるが、下柳の心には、ある種の満足感がある。 陸奥屋の閉店を惜しむ人々が、予想以上に多かったからだ。 錆び付いた観覧車、汽笛の鳴らなくなったミニSLは、地元の有志が無償で直してくれたし、屋上の隅にある特設会場では、祭りを盛り上げるために、陸奥屋社員が隠し芸大会を開いてくれている。 屋台コーナーをひととおり見て回った下柳は、その特設会場に足を向けた。 塩田は携帯で呼び出しを受けてしまったから、下柳は後ろを振り向いた。 「宮内さん、みんなの応援に行きましょうか?」 先ほどより、下柳の笑顔に悲しいものが少ない。 「はい」 めぐみは、しっかりと下柳を見て、頷くことができた。 下柳は大手百貨店に陸奥屋を吸収合併させることで、全社員の再就職先を確保した。 けれども自身のこれからは白紙のままでいる。 「あの‥‥社長‥」 再び前を向いた下柳の背中に変化は、見られない。 特設会場のマイクの音にめぐみの声は消されてしまったらしく、彼女は喉に出掛かった次の言葉を、仕方なく飲み込んだ。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加