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他の人には聞こえないのだろうか。ワコはちょっと気にしてみたけれど、まわりはスプーンやかねの皿の音、噛む音やあちこちの声で賑やかだったので、気にしなくてもよかった。
ワコと『小さな母』がちゃんと話すことができたのは、夜、消灯の時間が過ぎてからだった。
「おかあさんなの?」
ワコはいきなり『小さな母』に話しかけた。薄暗い光の中で、指にうつる『小さな母』の顔は、少し眠そうだった。
「ワコがそう見えるなら、そう呼べばいいよ。でもワコの本当のお母さんは、今頃家で台所をきれいにしていると思うよ 」
「じゃあ、あなたはだれ?」
「ええと、ワコを助けに来た人」
「じゃあ、おかあさんだよ」
小指の『小さな母』は、何も言わずにただ笑った。
「いつでもあえるの?」
「ワコが会いたいと思ったときなら、いつでも会えるよ」
「ほんとうに?」
「真剣にイメージすれば、すぐに会えるよ」
ワコは、嬉しそうに笑った。
「ねえ、ワコ」
『小さな母』は、真剣な声でワコに話した。
「今日の朝会ったあのおにいさん、また会うと思うよ。また同じことしてきたら、ワコはちゃんと今日みたいに言えるかな」
「うーん、わからない」
「ワコ、そこは頑張らなくてはいけないよ」
『小さな母』は少しも声の様子を変えなかった。
「ここは施設だから、怖い人も会わないようにはできない。でも、狭い空間だし、いつでもおとなの目は光っている。こどもも声を聞いている。だから、ひみつにしないで、はっきり大きな声で言えば、ワコは自分を守れるかも知れない」
「じぶんをまもる?」
「そうだよ。自分をまもるんだ。ここにはおとうさんもお母さんもいない。じぶんで自分を守ることが必要なんだ」
「ふうん」
「ごはんやお風呂や、そういうことは職員さんが面倒見てくれるけれど、人との関係や、心の整理は、自分の力でやっていく必要があるんだよ」
「こころのせいり?」
「そうだよ」
なんだか、むずかしい。
「おかあさん、しせつのこと、わかっているの?」
『小さな母』は、ワコの言葉には応えなかった。
「いい、ワコ。頑張って。お願いだから」
『小さな母』の真剣な声を聞いたあと、ワコはとてもよく眠った。
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