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葬式の最中の事。父は子供のように泣きわめきながらお棺に縋り付いていた。普段はとても厳格な人である父が、あれ程までに取り乱す姿を見るのは胸が痛かった。やはり末の子である彼は、父にとって特別に可愛い存在だったのだろう。
そんな父に反して、変わらず穏やかな母は、その肩を抱きしめながら静かに涙を零す。母はそういう人だ。いつも一歩引いて、誰かの支えになろうとする。本当は母だって、父のように感情をあらわにして泣きたかったに違いない。
両親だけではない。生前、仁徳が深かった彼には多くの友や慕う仲間がいて、彼を思い参列した者も決して少なくなかった。
皆がそれぞれ別れの言葉を告げ、花を手向けている。浩二は遺族の席でそれを見ていた。
他人でさえも亡くなった人物を思い、惜しみながら泣いていたのだ。
それに比べて自分はどうだ。
実の弟が死んだというのに、いまだ涙一つ流していない。
「此処に居たのか、浩二」
聞き慣れた声に、浩二はゆっくりと後ろを振り向いた。
「雄兄」
浩二は、自分に声をかけた人物の名前を呼ぶ。
それに対し、疲れたような顔をして「おう」と軽く片手を上げた男、吉田雄一郎(よしだ ゆういちろう)は、浩二の9つ年が離れた兄だ。
「うん。場所的に見えやすいし」
何が、とは言わなかった。
かわりに浩二は火葬場のほうに向き直り、煙突からのぼり続ける煙へと視線を送る。
砂利を踏む音が近付いてきて、すぐそばで停止した。
隣に人の立つ気配がする。
雄一郎は何を思い、何を考えているのだろう。何も言わずに、ただ押し黙っている。
浩二もまた、口を開かない。いま何かしら声をかけるのは不躾な事のような気がした。
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